2007年04月01日

北海道旅行おすすめの一つ「旭山動物園」ほっきょくぐま館

hok1.jpg 2002年9月に完成した「ほっきょくぐま館」。
 2カ所の展示場所の1つでは、巨大プールを設置し、ホッキョクグマのダイナミックな飛び込みや泳ぐ姿を観察することが出来ます。
 もう一方では、堀を利用し、檻のない放飼場になっており、陸上でのホッキョクグマを観察できます。この場所には、「シールズアイ(カプセル)」があり、アザラシの視点からホッキョクグマを観察することができます。hok2.jpg 夕暮れ時のホッキョクグマ

ほっきょくぐま館に入ると左側に、巨大プールがあります。ここでは、ホッキョクグマの泳ぐ姿や手や足の裏まで見ることができます。また、泳いでいる時の、毛並みまではっきりわかり感動しますよ!

 巨大プールの水面の高さが、みなさんの頭がちょうどアザラシが顔出しているように見える高さになっています。飛び込んでくる時は、みなさんをめがけてくるかも・・・。

 右の写真はダイナミックな飛び込の瞬間です。迫力満点です!でも、飛び込みはいつもするわけではないので、ご了承下さい。hok3.jpg hok4.jpg 飛び込む瞬間

hok5.jpg  左の写真はプールを泳いでいないときのホッキョクグマです。泳いでいない時は、岩場の上で座ったり、寝たりしています。その姿はなんとも言えないです・・・。

 泳いでいない時には、ホッキョクグマの寝顔を見るのもよし!寝ていない時は歩き方を観察するのもよし!泳いでいなくても十分にホッキョクグマを見ることができますよ!hok6.jpg こんな姿も見られるかも

hok7.jpg 館内から外に出ると、「シールズアイ」側のホッキョクグマを見ることができます。ここには巨大なプールはありませんが、岩場に登り座っているホッキョクグマは雄大です。

 冬は、雪の上で寝ているホッキョクグマや、雪で遊ぶホッキョクグマが見られます!冬でしか見られないホッキョクグマをぜひご覧下さい。hok11.jpg 雪の上で寝ています

ホッキョクグマの飛び込みの連続写真です。こんな姿を直に見ると迫力ありますよ!
hok8.jpghok9.jpghok10.jpg
posted by 井上 昭三 at 12:55| 東京 🌁| Comment(41) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月26日

北海道旅行おすすめの一つ「旭山動物園」あざらし館

四季折々に豊かな表情を見せる大自然、北海道。春は、高く澄み渡る青い空とさわやかな風、鮮やかな緑の大地に心地よさに溢れるこの時期に、いま話題の旭山動物園の愛くるしい動物たちの姿を紹介します。
aza1.jpgaza2.jpg2004年6月にオープンした「あざらし館」。
 屋外は北海道内の漁港をイメージするために、小さな漁船やテトラポットがあります。また、アザラシの野生環境を再現するために、ウミネコやオオセグロカモメ、オジロワシも飼育しています。
 館内に入れば、アザラシの特徴的な泳ぎを観察できる「マリンウェイ(円柱水槽)」や大水槽があります。その他にも、北海道の魚類などを観察できる水槽もあります。
aza3.jpgあざらし館に入るとすぐに見えるのが、「マリンウェイ(円柱水槽)」と大水槽です。これらは水路でつながっており、アザラシが自由に泳いでいる姿が見られます。

 アザラシの特徴的な泳ぎ方がわかりますよ。泳ぐときは体のどの部分を使っているか、観察しながらアザラシを見て下さい!

 この施設では、いろんな角度からのアザラシを間近で見ることが出来ます。
 間近で見ることで、アザラシの体を細かいところまで観察することが出来ます。今まで気づかなかったことがわかりますよ。

aza4.jpg「マリンウェイ(円柱水槽)」では、こんなに近くでアザラシが見られます。

 アザラシは好奇心旺盛(こうきしんおうせい)なので、マリンウェイを通るときは、みなさんのことを見ながら泳いでいる様子も見られます。また、アザラシの泳いでいる表情なども見られます。

 アザラシの目線を見て下さい!ひょっとしたらアザラシと目が合うときがあるかも・・・。

aza5.jpgaza6.jpg館内から外に出ると、アザラシの岸辺に出ます。
 そこでは、アザラシが岩場に登り、寝ている姿などや、顔を出しながら泳ぐ姿などが見られます。

 屋外放飼場には、アザラシと混合飼育している、ウミネコ・オオセグロカモメ(冬期は見られません)、オジロワシが見られます。

 陸上でのアザラシは水中とは違った動きをします。それを観察するのも一つの楽しみです。
 水中から見るアザラシとはまた違うアザラシに注目です!aza9.jpgあざらし館の外の全景

aza7.jpg屋外放飼場では、もぐもぐタイムを行っています。飼育係から直接アザラシについての解説や、エサを食べるアザラシの姿などが見られます。

 もぐもぐタイムの時間については、各門の看板にあるので、チェックを欠かさずに!

 私たちにとって身近な動物であるアザラシにぜひ会いに来て下さいね!aza11.jpg気持ちよく泳ぐアザラシ

posted by 井上 昭三 at 13:43| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月18日

北海道 花の浮島 短い夏の礼文

花の浮島 礼文

日本最北端の島は短い夏の間、約300種の高山植物が咲き乱れる風光明媚な花の島へと姿を変えます。
海からの風に霧が舞う緑あふれる山並み、生命力に溢れる高山植物、静謐な空気と自然の美しさ。
最果ての島の、一瞬の夏の美しさを映しとりました。

screenshot_27.jpgscreenshot_29.jpgscreenshot_26.jpgscreenshot_25.jpgscreenshot_24.jpgscreenshot_23.jpgscreenshot_22.jpgscreenshot_21.jpgscreenshot_20.jpgscreenshot_19.jpgscreenshot_17.jpgscreenshot_15.jpgscreenshot_14.jpgscreenshot_13.jpgscreenshot_12.jpgscreenshot_11.jpgscreenshot_10.jpgscreenshot_09.jpgscreenshot_08.jpgscreenshot_07.jpgscreenshot_06.jpgscreenshot_05.jpgscreenshot_04.jpgscreenshot_03.jpgscreenshot_02.jpgscreenshot_01.jpg
posted by 井上 昭三 at 17:11| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

北海道遺産シリーズ

「サケの文化」(北海道各地)
050.jpg

生まれた川を忘れることなく、長いたびの末に再び戻ってくるサケ。毎年北海道の川には多くのサケがあがってきます。太古の昔から海と陸を結ぶ大切な栄養源としての役割を果たし、アイヌはカムイチェップ(神の魚)と呼び、捨てるところなく衣食に使いました。そして現在も北海道の水産業の一翼を担う重要な資源として計画的に増やされ、日本の食卓に欠かせない魚として愛され続けています。
北海道に広がる大自然とそこに住む我々は、サケによって育まれてきたといえば大げさすぎでしょうか。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産

ラウンドトリップ・バナー234×60

「北海道のラーメン」(北海道全域)
051.jpg

ラーメンの起源については諸説ありますが、戦後急速に道民の食生活の中に定着し、寒冷な気候から、コクのある濃い味をベースに北海道の代表的な食文化として発展しました。全国に先駆けて北海道のラーメンが脚光を浴び、ご当地ラーメンブームの火付け役ともなりました。
ラーメンは北海道の観光資源としても欠かせない存在です。「函館・塩」「札幌・みそ」「旭川・しょうゆ」がすでに有名ですが、道内の各地で、素材にさまざまな工夫を凝らし「こだわりの味」を追求店が数多く出現しています。最近では、釧路ラーメンが「第四のご当地ラーメン」として注目されています。こうした活発な動きが、雑誌やテレビなどのメディアを通じて広く知られ、新たな地域づくりへと繋がっています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 

地球の歩き方

「ジンギスカン」(北海道各地)
052.jpg 

独特な形の鍋によるジンギスカン料理の発祥については諸説ありますが、北海道でもっと広く、かつ特徴的に発達しました。お花見、キャンプなどでも必ず登場する北海道ならではのこの食は、鍋を囲んで人と人をつなげる大きな役割も果たしています。
北海道遺産選定後、味付ジンギスカン発祥の地、滝川では大規模なイベントやジンギスカンの歴史を伝える小冊子も作成されました。また、札幌でもジンギスカン食普及拡大促進協議会が設立され、「ジンギスカン新聞」の発行やシンポジウムの開催など広くジンギスカンを世間に発信する活動を行っています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
釜山と韓国で2番目に高い「智異山」を登る
おすすめ度 :
コメント:
春になったら 韓国 済州島で登山しよう!
おすすめ度 :
コメント:
 
posted by 井上 昭三 at 16:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

北海道遺産シリーズ

「アイヌ文様」(北海道各地)
048.jpg

世界の各民族には、それぞれ独特の、精神的意味合いを含めた「文様」があります。アイヌ民族のモレウ紋(渦巻き紋)も、家族ごとに独自のものがあり、祖父母から父母、そして子供たちにと受け継がれる伝統があります。その形状、図案や色彩は、印象深い美的価値を含んでおり、文化的にも秀でているものです。ニ風谷アイヌ文化博物館で開催された「モレウ/アイヌの渦巻き紋、その多彩な世界」特別展などで見られるように、タペストリーやレリーフへの応用の試みなどが盛んに行われ、見事な成果をあげています。
これからの状況からも、今後その継承と新たな挑戦、また広範囲な利用による地域の発展が期待できます。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産

「アイヌ口承文芸」(北海道各地) 
049.jpg

アイヌ民族が育んできた文化「口承文芸」は人から人へ、長い間、途切れることなく語り伝えられてきました。文字で書かれた文芸と違って、語り方や表現などにその人、その時ならではの味わいがあります。
物語には「英雄叙事詩」、「神揺」、「散文説話」なとがあり、サコロベ、ユカラなどと呼ばれる英雄叙事詩には、短いメロディーを繰り返しながら、空を飛んだり、海に潜ったりと、超人的でわくわくする壮大なストーリーが多くあります。
アイヌ文化を保存し伝える団体や各地域では、口承文芸を学び広く紹介する講座や弁論大会の開催、文献やCDの整備など、様々な取組みが進められています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
posted by 井上 昭三 at 10:37| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

北海道遺産シリーズ

「北海道の馬文化」(北海道各地)
046-1.jpg

北海道の馬の歴史は古く、明治期には農耕など開拓の労働力として人々と苦労を共にしてきました。
農耕馬の力を試したお祭りばんばは、「ばんえい競馬」に発展し、旭川、帯広、北見、岩見沢の4市で迫力を楽しむことが出来ます。
サラブレッドは速さを求めて改良が進められています。全国の軽種馬生産の約8割を占める日高地方は、北海道らしい牧場風景を作り出しています。道和種馬(どさんこ)は、農林漁業や運輸交通などで活躍してきました。現在各地では、地域に根付いた馬文化をまちづくりにつなげていくための様々な試みが行われています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 

「アイヌ語地名」(北海道各地)
047.jpg

北海道の地名は、ほとんどがアイヌ語に由来します。
現在はカタカナや漢字で表記され、原音と異なる場合もありますが、本来は、アイヌ民族の自然と調和した伝統的生活の中から歴史的に形成されたものです。先住民族であるアイヌ民族の歴史と文化を尊重し、アイヌ文化の意義を積極的に理解するために、重要な手がかりとなるものです。
アイヌ語地名は身近に存在することから、関心を持つ道民は多く、道内各地に研究者や研究サークルがありますが、道路・河川の標識や各種パンフレット類等に日本語名とアイヌ語名を併用して表記することで、アイヌ文化に対する道民の理解が一層進むものと期待されます。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
posted by 井上 昭三 at 12:53| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

北海道遺産シリーズ

「流氷とガリンコ号」(紋別市など)
044.jpg

オホーツク海沿岸の中央部に位置する紋別市は、毎年1月末には海が見渡す限りの流氷で覆われ、青い海原が純白の大海原にかわります。この神秘的な光景は、日本全国はもとより最近は中国、韓国などからも多くの観光客を迎えるようになってきました。また、最近、地球温暖化や地球環境が注目を集めていますが、昭和40年に北海道大学低温科学研究所付属流氷研究施設を設置以来、流氷の地球温暖化を始めとする地球環境との関連が研究されており、気象・海象、海洋生物などの調査が進められ、これらの研究成果は、漁業、水産業、工学などに生かされています。
流氷観光の火付け役となった「ガリンコ号」も昭和62年に運行を始め、今では2代目となり、流氷を砕氷しながらクルーズを体感できることが知られてきたからでしょう。

■オホーツク海の流氷下の生き物たち
オホーツク海は北半球における流氷の南限です。流氷に覆われる1月下旬から3月中旬は、海水が水温マイナス1度以下の厳しい環境になります。この過酷な環境下でも生き物たちは低水温に適応した生態系を形成しています。
流氷直下は好条件に恵まれており、それを活かして植物プランクトンの珪藻類を中心とした藻類が氷の下部に付着し、増殖すると茶褐色を呈するようになりますが、これをアイスアルジーと呼んでいます。春になるとアイスアルジーは氷から離れて海底にたまり、オホーツク海沿岸の特産品であるホタテ貝等の重要な餌となっていますし、また海水中にも植物プランクトンが分布し、これらを動物プランクトンが利用しています。
流氷下の厳しい環境においても豊かな生き物たちの営みが見られます。これらの動物たちの中に流氷の妖精と呼ばれるクリオネも含まれ、流氷の時期のみ沿岸域でみることができます。
オホーツクタワーは、このような氷海における生物の営みを海底階の窓から垣間見ることができる施設です。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
「屯田兵村と兵屋」(北海道各地)
045.jpg

屯田兵とは、明治期に北海道内に配備された農業兼開拓を行う軍隊制度で、明治8年の札幌郡琴似村の兵村に始まり、開拓と軍事のため、明治32年の士別、剣淵まで道内各地に37の兵村が置かれました。
上湧別町には当時の区画の北兵村地区と南兵村地区が残っています。札幌市琴似、士別町、厚岸町太田、根室市和田などに兵屋、札幌市新琴似、江別市野幌に中隊本部の建物が保存され、北見市の信善光寺には屯田兵人形75体が祭られています。それぞれの地域で、開拓の歴史を学び子供たちに伝えていこうと、兵屋の保存や屯田兵の衣装をまとったパレードやイベントの開催、給食での屯田兵の食事の再現など、様々な企画が催されています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
posted by 井上 昭三 at 10:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月09日

北海道遺産シリーズ

「森林鉄道蒸気機関車『雨宮21号』」(丸瀬布町)
042.jpg

「雨宮21号」は東京・雨宮製造所で昭和3年に製造された初の国産11トン機関車で、昭和3年から昭和33年までの間、丸瀬布〜武利意(むりい)間の森林鉄道に配置され、木材・生活物資の運搬または住民の足として活躍してきました。用途廃止後、車両のスクラップ化、林業資料としての林業機械化センターへの移管問題、この二度の危機を住民がすぐさま立ち上がり熱心な保存活動を展開した結果、昭和51年に丸瀬布町に譲渡されました。その後、「雨宮21号」を運行させる「森林公園いこいの森」が整備され、日本唯一の森林鉄道蒸気機関車の動態保存が実現しました。現在、国内において森林鉄道蒸気機関車が動態保存されているのは「雨宮21号」だけであるため、産業遺産としてだけでなく、全道・全国に展開した森林鉄道の遺産としても非常に貴重な蒸気機関車です。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産

「オホーツク沿岸の古代遺跡群」(網走地域)
043.jpg 

オホーツク沿岸地域では縄文、続縄文、オホーツク文化、アイヌ文化まで各時代の遺跡が分布しています。約2,500に及ぶ竪穴住居が連綿と残っている常呂遺跡、オホーツク文化遺跡として著名な網走市のモヨロ貝塚、縄文後期のもので小型のストーンサークルを内部に持つ斜里町朱円周堤墓などが代表格です。また、黒曜石の原産地として知られる白滝村など内陸部では旧石器時代の遺跡が多く見られます。オホーツク沿岸の古代遺跡は樺太・シベリアなど大陸諸文化との関係が強く認められ、北方古代文化の解明に果たしていく役割は大きいといえます。
地元ではこうした貴重な文化遺産である遺跡をまちづくりに活かすための取組みが行われています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
posted by 井上 昭三 at 10:34| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月08日

北海道遺産シリーズ

「ワッカ/小清水原生花園」(常呂町、小清水町)
040.jpg
「写真提供サイト」http://nature.aru.co.jp/

■ワッカ原生花園(常呂町)
北海道沿岸部に特有の海岸草原の中で、最大規模のものです。オホーツク海とサロマ湖に面した景観も優れ、ホタテやカキなどの栽培漁法とも共生した存在といえます。マイカーの乗り入れ規制、地元漁協による植林は先駆的試みとして注目されています。
産学官、そして教育が一体となった原生花園の資質維持の取組みも進んでいます。なかでも地元の常呂高校による「クリーンアップワッカ」は、今年で20回目を数え、教育と連携したワッカの自然環境の保全の取組みは「伝統」として確実に受け継がれています。

■小清水原生花園(小清水町)
北は流氷の接岸するオホーツク海、南は冬の使者オオハクチョウたちが飛来する濤沸湖(とうふつこ)に挟まれた、東西延長が約8km、面積が約275ヘクタールに及ぶ海岸草原です。その中を網走・釧路間を結ぶJR釧網本線が走り、オホーツク海や知床連山、また、濤沸湖畔では馬たちがゆったりと草を食む様子など、東オホーツク特有の景観がここにあります。
その自然景観の維持・草原に咲く草花たちの生育を促すため、春先の「火入れ」やゴミ拾い、外来種の抜き取りなど、官民が一体となった植生回復への取組みが毎年展開されています。

「ピアソン記念館」(北見市)
041.jpg

アメリカ人宣教師G.P.ピアソン夫妻の私邸として建てられたものであり、設計者W.M.ヴォーリズはメンソレータムを製造した近江兄弟社創設者としても知られています。ピアソン夫妻は伝道活動を行っただけではなく、廃娼運動や慈善活動を先導するなど、その志の高い生き様が北見の精神文化のよりどころとして親しまれています。
夫妻の業績を記念するこの住宅は、周辺の樹林公園とともに市民から大切にされており、地域に根ざしたグループによる自主的な保全・活用の取組みがたいへん熱心に行われています。夫妻に関する研究活動や市民の憩いの場として提供活動など、歴史的建物のソフトな保全・活用モデルとして注目されています。

■ピアソン記念館と北見
ピアソン夫妻は欧米の文化、生活スタイル、信仰と深く関わる文化摂取のあり方など当時の野付牛町民(現在の北見市民)に大きな影響を与えました。特にピアソン邸は、当時の開拓者たちに御殿のような西洋館とよばれ、西洋音楽の洗礼を町民はうけました。
北見市は、昭和44年6月12日に北見在住最初の外国人であるピアソン宣教師の故郷アメリカ合衆国ニュージャージー州エリザベス市と姉妹都市の提携を結びました。
これを機に北見市はピアソン夫妻が住まわれたピアソン邸を、北見市に多くの業績を残されたピアソン夫妻の遺徳を偲び、未来栄劫に北見市民の財産として夫妻を顕彰するため記念館として保存することを決定しました。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
posted by 井上 昭三 at 16:25| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

北海道遺産シリーズ

「根釧台地の格子状防風林」(中標津町など)
038.jpg

中標津町、別海町、標津町、標茶町にまたがる格子状防風林はスペースシャトルからも撮影されたように、そのスケールにおいても地球規模的な、北海道ならではの雄大なものです。幅180mに及ぶ林帯は、防風効果だけではなく野生生物のすみかや移動の通路としての機能を果たしています。開拓時代の植民地区画を示す歴史的意義ももっています。
また、地域ではこのスケールの大きな財産について宇宙飛行士に語ってもらうなど、住民が誇りを持とうという取組みが始まっているほか、林業体験など緑と触れ合う空間としての活用が多面的に行われています。北海道らしい野外活動の魅力創造の場として、近年ますます注目を集めています。

■まちの宝物
2000年2月。スペースシャトルに搭乗した毛利衛さんは、北海道東部の上空で、根釧大地に浮かんだいくつもの格子模様をビデオカメラに捉えました。これはこの地域を守りつづけてきた巨大な格子状防風林でした。「Great・reen・・Gridr中標津町に住む小説家・佐々木譲さんは格子状防風林をそう呼びます。
大雪が雪で覆われる冬。葉を落としたカラマツ林の格子は、とりわけ美しいコントラストとなって地球からのメッセージを宇宙へと伝えます。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
「野付半島と打瀬舟」(別海町、標津町)
039.jpg

野付半島は全長26kmの日本最大の砂嘴(さし)。トドワラ、ナナワラといった海水によって侵食された木々は幻想的な風景を見せ、センダイハギ、クロユリ、ハマナスといった数多くの花が咲き誇ります。また、野付半島で確認されている鳥たちは215種類にもおよび、これは日本で確認されている鳥の40%にも相当します。湿地もあることから水鳥やシギ、チドリなどの渡り鳥も多く、平成17年11月にラムサール条約に登録されました。
打瀬舟は大きな三角の帆を立てて、風の力のみで網を引く伝統的な漁法で、波静かな内海で袋状になった七つの網で海の底を曳きながら北海シマエビを捕るものです。これは北海シマエビの住家である海草の一種アマモを傷つけないようにするためのもので、この風景は別海町の風物詩となっています。

■野付半島と打瀬舟の歴史
野付半島の形成は約3000年前にはじまり、知床半島とその周辺の河川から運ばれてきた土砂が海流により堆積してできたもので、今もなおその形は変形し続けています。周辺はゴマフアザラシ、トド、ミンククジラ、」オットセイなどの生息域で野付湾を運行する観光遊覧船からゴマフアザラシを観ることができ、夏季にみられるのはここだけです。
明治初期から北海道開拓が始まり、野付半島においても開拓者が入り、牛馬の放牧や人が生活していたことによって草原が形成されました。そこは現在は「原生花園」と呼ばれており、今でも様々な花が咲き誇り美しい景観を作り出しています。さらには他地域では見ることが困難な鳥や天然記念物の鳥など、貴重な種類も多く飛来しており、まさに別海町が誇る自然の宝庫といえます。

打瀬舟は伝統的な「打瀬網漁業」に用いられるもので、動力をいっさい使わず風の力のみで網を引く漁法で、この起源はおよそ400年前といわれています。産業としてのエビ漁の明治20年代に始まったといわれており、舟を鉛止めして、手引き、手巻きと伝えられた現在の漁法はもう少し新しいと言われており、今では移動用に船外機をつけますが基本的な漁法は昔のままと言われいます。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 
posted by 井上 昭三 at 16:28| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。