2007年02月28日

北海道遺産シリーズ

「五稜郭と箱館戦争の遺構」(函館市など)
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「写真提供サイト」http://nature.aru.co.jp/

箱館戦争は明治元年10月20日の旧幕府脱走軍の侵略に始まり、翌2年春の新政府軍の反撃により、5月18日の五稜郭開城で終わりました。この戦いは道南一帯に及び、五稜郭・四稜郭(函館市)をはじめとして、旗艦開陽丸が座礁、沈没した鴎島沖(江差町)など、その遺跡、遺構が随所に見られます。
また、五稜郭跡の堀や土塁を利用した市民参加の演劇「市民創作函館野外劇」が催されるなど、各地で箱館戦争の歴史をテーマにしたイベントも開催されています。今後は道南地域が一帯となった広域的な取り組みも期待されます。

「函館山と砲台跡」(函館市)
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津軽海峡を一望できる函館山は、その軍事的価値が評価され、明治中期に要塞化が進められてきました。大規模な旧状を残す軍事土木遺産は全国的にも例が少ない中、現在でも多数のレンガ壁・コンクリート洞窟掩蔽壕・大砲座が残る最大級の戦時遺構です。太平洋戦争の終戦まで立ち入りが制限されたことから、貴重な動植物の宝庫ともなっており、自然に触れることができる散策コースが市民に親しまれています。函館市では昭和50年代より、「函館山緑地整備計画」を策定し、函館山の整備を進めてきました。現在は市民参加型の「函館市緑のパートナー会議」の提言をふまえて策定された第四次整備計画を推進中です。自然保護と観光振興の調和をテーマに、着実な整備が進められています。

■函館市のランドマーク
年間約530万人もの観光客が訪れる函館市。
市のランドマークである函館山は、標高334メートル、海中から噴火した火山で、牛が寝ているような優雅でなだらかな姿から”臥牛山”とも呼ばれており、ナポリ、香港と並ぶ世界三大夜景と称される函館山からの夜景は多くの人々を魅了しています。
しかしこの山の価値は、華やかな夜景だけではありません。
津軽海峡を一望できる函館山には、その軍事的価値が評価され、南下政策をとるロシア防備のため、当時の明治政府によって、1898(明治31)年からフランス陸軍軍事顧問団の指導のもと、4年の歳月を費やして、東京以北唯一の巨大要塞が構築されました。
砲台は、山頂部に連なる御殿山第一・第二・千畳敷第一砲台で、備砲は28センチ、弾砲16門でした。
これにより、軍事機密を守るために、太平洋戦争後の1946年までに半世紀にわたり山への立ち入りが禁止されていましたが、このことが貴重な自然環境が荒らされずに保全され、現在では約600種類の植物が見られます。また、海峡に突き出た形をしているため、海岸沿いを移動する渡り鳥にとって貴重な目印となっていると同時に、休息地として年間150種あまりの野鳥が観測され、「自然の宝庫」といわれる、今の函館山を作り上げる要因となったのです。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
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posted by 井上 昭三 at 15:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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