2007年03月10日

北海道遺産シリーズ

「流氷とガリンコ号」(紋別市など)
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オホーツク海沿岸の中央部に位置する紋別市は、毎年1月末には海が見渡す限りの流氷で覆われ、青い海原が純白の大海原にかわります。この神秘的な光景は、日本全国はもとより最近は中国、韓国などからも多くの観光客を迎えるようになってきました。また、最近、地球温暖化や地球環境が注目を集めていますが、昭和40年に北海道大学低温科学研究所付属流氷研究施設を設置以来、流氷の地球温暖化を始めとする地球環境との関連が研究されており、気象・海象、海洋生物などの調査が進められ、これらの研究成果は、漁業、水産業、工学などに生かされています。
流氷観光の火付け役となった「ガリンコ号」も昭和62年に運行を始め、今では2代目となり、流氷を砕氷しながらクルーズを体感できることが知られてきたからでしょう。

■オホーツク海の流氷下の生き物たち
オホーツク海は北半球における流氷の南限です。流氷に覆われる1月下旬から3月中旬は、海水が水温マイナス1度以下の厳しい環境になります。この過酷な環境下でも生き物たちは低水温に適応した生態系を形成しています。
流氷直下は好条件に恵まれており、それを活かして植物プランクトンの珪藻類を中心とした藻類が氷の下部に付着し、増殖すると茶褐色を呈するようになりますが、これをアイスアルジーと呼んでいます。春になるとアイスアルジーは氷から離れて海底にたまり、オホーツク海沿岸の特産品であるホタテ貝等の重要な餌となっていますし、また海水中にも植物プランクトンが分布し、これらを動物プランクトンが利用しています。
流氷下の厳しい環境においても豊かな生き物たちの営みが見られます。これらの動物たちの中に流氷の妖精と呼ばれるクリオネも含まれ、流氷の時期のみ沿岸域でみることができます。
オホーツクタワーは、このような氷海における生物の営みを海底階の窓から垣間見ることができる施設です。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
「屯田兵村と兵屋」(北海道各地)
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屯田兵とは、明治期に北海道内に配備された農業兼開拓を行う軍隊制度で、明治8年の札幌郡琴似村の兵村に始まり、開拓と軍事のため、明治32年の士別、剣淵まで道内各地に37の兵村が置かれました。
上湧別町には当時の区画の北兵村地区と南兵村地区が残っています。札幌市琴似、士別町、厚岸町太田、根室市和田などに兵屋、札幌市新琴似、江別市野幌に中隊本部の建物が保存され、北見市の信善光寺には屯田兵人形75体が祭られています。それぞれの地域で、開拓の歴史を学び子供たちに伝えていこうと、兵屋の保存や屯田兵の衣装をまとったパレードやイベントの開催、給食での屯田兵の食事の再現など、様々な企画が催されています。

提供 文章:「北海道遺産とまちづくり」より 写真:北海道遺産 
posted by 井上 昭三 at 10:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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